相手に言いたい事が言えなかったり、人と接するのが苦手、表現できずに孤立……
そんな関係や自分を変えたいと思っても堂々巡り。
こんな人間関係の悩みは、全部悪霊が作り出した「脳心」から発生しています。
人間関係に泣き寝入りする前に、こちらをご一読ください。
秘儀・脳心メルトダウン
ザイクス聖品の核石体験談を熱苦しく語って行きますのでお楽しみに。
え、もうだれも見てねえって? ふんだ。
この度からまたお願いします。↓
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FC2ブログランキング 内藤大助が、同じ相手に三度挑み、そして7/18、後楽園ホールで文字通りの「三度目の正直」でWBC世界フライ級王座を獲得!
おっと、知らない人がほとんどだと思うので……内藤大助はプロボクサー。日本屈指のハードパンチャー。階級はあの何かと有名な「亀田」と同じフライ級。個人的には内藤が国内フライ級最強だと思っている。
因縁の相手:世界王者(もう「元」か)のタイのポンサクレック・ウォンジョンカムは、数年間ずっと世界王座に居続け今まで17連続WBC世界フライ級王座を防衛し続けて来た超強者。
その顔立ちは、我が弟・狸の痩せていた頃に瓜二つ(といっても、痩せた狸=エガワ=ワレサはもはや想像つかない人が多いだろうが……月日というのは、無情なもの)。
実は自分ポンサクレックのファンでもあり、数年前浅井勇登との王座初防衛で初来日した時の5RKO勝利が未だに鮮烈に記憶に残っている。この試合、会場に見に行ったが、特攻をかけるような荒々しいファイトが強烈に印象的だった。
そして今に至るまで世界王者であり続け、全く危なげなく防衛をこなす難攻不落の最強王者として確立、「日本人キラー」とまで言われている。今では楽そうな相手ばかり選んでいる、消極的なファイトになったよね、という感もあったが……。
02年、内藤はこの世界王者になって間もないポンサクレックに敵地・タイに乗り込んで挑戦し、世界フライ級最短の34秒KO負け&気絶。ボクシング史に残る秒殺KOに「日本の恥」「日本に帰ってくるな」と大罵声が浴びせられたようで。
しかし国内で地道に再起を図り、日本王座を獲得。その初防衛戦では逆に日本ボクシング史に残る24秒KOの最短記録で相手を沈めている。
05年、乗りに乗っている世界王者ポンサクレックと再戦。前戦があれだから、挑戦権を手に入れるまでの苦労は半端じゃなかったんだろう。「最短男」とトランクスに刻んであったのがけっこう痛々しかった。トラウマを押し返すような押しの強さが凄い印象的だったが、しかし偶然のバッティングで無念の負傷判定負け。テレビ画面からも残念さが伝わってくるようで、さらに痛々しかった。
さらにその後東洋太平洋王座(アジアリーグみたいなもの)にも挑戦し、日本・東洋太平洋王座統一王者に。
そして今年3度目、もはや磐石な地位を固めたポンサクレックへの世界王座挑戦を表明。強さに人気が伴わず極貧生活(夫婦共働きの月収12万円だったらしい)だったため、スポンサー集めに相当四苦八苦したようだがボクシングの世界タイトル戦としては小さい会場と言える後楽園ホールで再再戦までこぎつけ。周囲はすでにポンサクレックの勝利前提で動いていて、亀田や他の有名選手との次の試合交渉に入っていた。「二度あることは三度あるのか、三度目の正直か」と言われ、やってくれるか……?思ってたのですが……12Rフルに戦って前チャンピオンの猛チャージを跳ね返し3-0のフルマーク判定勝利、世界王者奪取、とのこと。
あの亀田の疑惑判定がボクシングファンとしては本当に苦々しいものだったので、この三度目の正直のニュースに素直に「おぉ!」と思わず感激してしまった。
努力や苦労は必ずしも報われるとは思わない。しかし、努力や苦労がなければ絶対に実らない。
その努力、苦労が最高の形で報われたんだな。
やはり『超人作戦3』だけに、過去の挫折を覆す土根性、さらには挫折とも思わない意志が勝つ!ということだな。
挑戦、挑戦んん!!
根性、土根性うう!!
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FC2ブログランキング 今更ながらですが、やはり面白いです。沸き立ちます。
軍士で登場人物の前世が判明してますが、それが判明した後見るとなお面白く、まさしく臨場感溢れる光景に「あ、なるほど!」と納得してしまいます。
(自分も嬉しい事に一人の登場人物の前世を御教示賜りました、何と言うか、気苦労人というか……)
これらを読むにつけ自分自身に思うのは、宮城谷さんの本の中の登場人物とは別の話で、10年位前に軍帥より前世の御教示を賜った史官(史というのは記録を司る官)の話。
太公望呂尚が興した斉王朝の歴史の中の出来事、文献の「史記」や「春秋左伝」の中にあるものです。
以下はその書き写しです。
中国春秋の斉という国に崔杼という非常に有能な政治家がいた。
彼は、自分の擁立した君子である光(荘公)に仕えていたのだが、故あって殺してしまった。君主を殺すのは、いかなる理由があっても大逆として許されない。
だが、この事件は、微妙なところもあったとされている。
公は崔杼の妻と密通していたのである。光にとっては崔杼は恩人。その恩人の妻と通じるとは。崔杼は、君子光が、自分の病気の見舞いと称してやってきて、妻のところに忍んだ現場を押さえ、殺した。崔杼の妻のところに忍んでやってきた光は、その時点で泥棒と同じであり、現場を押さえて殺すのは大逆とされないという判断も成り立ったらしい。
そんな背景もあったからか、彼は光を殺した後、兵に殺されることもなく、次の君主を立て、「俺に与しないものは殺す」とまで言い切り、現実にそれを行った。
翌朝、崔杼が朝廷に登庁すると、そこには赤字でこう記されていた。
夏五月崔杼弑其君(弑するは目上の人を殺すこと)
史官の仕業である。
とんでもない。こんなことを記されると、これは公の記録として未来永劫残るのである。崔杼は君主を殺した最悪の犯罪人として歴史に名をとどめてしまうこととなるのだ。
いかに正当な理由があろうと、主君を謀殺した崔杼の行為は弑逆にほかならない。史官は正しい歴史を後生に遺すという強い使命を帯びているから、崔杼ごときの命令には動じない。殺すと言われても筆を取り直すことはない。そして、史官は斬られてしまった。
その翌朝。登庁した崔杼は目を疑った。
再び、あの忌まわしい一行が掲示されていたからである。殺された史官のあとを、その弟が継ぎ、そして再び記したものであった。崔杼は、また新任の史官を殺し、掲示をおろした。
が、さらに翌朝、再び掲示があがる。やはり、崔杼は謀反人のままになっている。史官のさらに弟が書いたものであった。崔杼は、三度史官を斬り、そして末弟を新任史官に任ずる。幼い史官は毅然として、書いた。
夏五月崔杼弑其君
殺されることは恐ろしくない。筆を曲げることこそを恐れる。
崔杼は、その姿勢に、人のわざでない何かを感じ、諦めたという。
コマをそれぞれ裏返しにし、それぞれの陣地に配置する。
コマそれぞれの動き方が決まっていて、じゃんけんのようにこのコマは何に勝つかという勝敗表がある。
残ったコマがどうの、ではなく、最後に敵の大本営に乗り込んだ方の勝ち、というもの。
これが面白い。
将棋より軍人将棋の方が個人的には好き。
一昨年。
合宿に行った時に、ある方が軍人将棋を持ってこられて、対戦させて頂いた。
子供の頃兄貴とやったことがあるが、ルールは全く忘れてしまっていたので、ほぼ初心者である。
結果は……
壊滅寸前になったため、後ろに配置してあるコマのコピーになるが単独ではどんなコマにも勝てないという「軍旗」で敵陣に単身特攻をかける、という6光線精神バリバリの死に様を最後に見せ壮絶な惨敗。
その死に様はまさに、旭日旗を振り回し「鬼畜米英 大日本帝國万歳」と叫んで敵陣に乗り込み死んでいく兵の(独りよがり極まりない)美学に満ち溢れたものであった。
ある意味本望である。
昨年。
その後自分も軍人将棋を購入し、再戦にてリベンジを試みた。
結果は……
他に勝てる見込みのコマがなくなったため、「大将」自ら単身敵陣に特攻をかけ相当執念を見せるも大将VS大将の一騎打ちで相打ちし、惜敗。
その死に様はまさに、部下を全て殺されて復讐のロンリーアーミーとなって「戦争はまだ終わってない」と叫んで敵陣にゲリラ戦を挑む隊長の(独りよがり極まりない)美学に満ち溢れたものであった。
これもまた、ある意味本望である。
今年は……
まだ機会はないですが、さあどういう死に様を見せるか……。
余談だが、この方と昨年2回再戦させて頂いたが、勝負をさせて頂くとまず一勝一敗にしてくださる。
花を持たせて頂いた上で、三戦目で決着をつけられる、という。
偶然なのかもしれないが、その方の懐が深いお人柄が故に自分的にはそう感じてしまうのです。
面白いものとしては、プレイステーションで「ガンダム軍人将棋」がある。
コマがそれぞれモビルスーツ型(例えばガンキャノンが中将、ドムが大佐、というように)で、もちろん固定じゃなく、ステージごとに変わる。
モビルスーツは分るがそれがどういうコマなのかは当然分らない、が、ガンダム知っている人は思わず想像つく、という。
中には裏をかいて何でこんなのが戦車なの?と思う様な配置もあるし、また対戦モードでは自分のいいように決めることができる。
それで大体の強さが分るのだが、ステージによってはミノフスキー粒子が濃いと何なのか分らなくなる、という思わずにやりとする設定まである。
かなりツウ好みのニクイ奴である。
という訳で、興味ある方、声かけて頂ければ、対戦します。
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